メモ置き場

機械翻訳の結果

目次

【HMS Gotland デジタルミュージアム収蔵品目録】目次 - メモ置き場
スウェーデン海軍高級士官のWW2回想録 解題 - メモ置き場
戦争の経験、経済学および海軍の革新 軽艦隊1945-1963 ブログ目次 - メモ置き場
海軍奉職五十年 解題 - メモ置き場
スウェーデン沿岸艦隊 戦時中編成(一部) - メモ置き場

1935年 スウェーデン海軍訓令集に見るゴトランド

1935年訓令集からゴトランド関連の部分を抜粋した。
この巻には前年34年のものが含まれており、就役時の関連命令が含まれる。その後、防空機器関連の受領のために数人がオランダに派遣されている。蘭の装備が何かは不明。
34年8月に初のヴィスビー寄港を行い、この際に絵画など9点の寄贈を受けていることが伺える。


各パート先頭の数字は右上のページ数を表す。
また、K.Brは「Kungl. brev(王の手紙)」の略号
G.O.は「generalorder(命令)」の略号と思われる。

  • 34年11月22日
  • 12月3日
  • 35年1月16日
  • 1月16日
  • 3月15日
  • 5月31日
  • 5月15日
  • 5月16日
  • 7月22日
  • 8月6日
  • 8月17日
  • 9月27日
  • 10月9日
  • 10月15日
  • 11月28日付
  • 原文
    • 61
    • 63
    • 01
    • 03
    • 07-09
    • 09-2
    • 11
    • 15
    • 20
    • 25
    • 31
    • 34
    • 28
    • 41
    • 42
    • 46
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1934年 スウェーデン海軍訓令集に見るゴトランド

1934年訓令集からゴトランドに関する部分を抜粋した。
実はたいしたことは書いておらず、

  • カタパルトの製造監視のために7か月の出張を命じる
  • 空軍に士官を派遣する
  • 陸軍ゴトランド歩兵連隊よりの絵を受け取る
  • 25ミリ機銃の操典を作る

といった内容である。

各パート先頭の数字は右上のページ数を表す。
また、K.Brは「Kungl. brev(王の手紙)」の略号
G.O.は「generalorder(命令)」の略号と思われる。

  • 2月9日
  • 5月28日
  • 4月9日
  • 7月13日
  • 7月10日
  • 10月1日
  • 10月1日
  • 1933年12月22日
  • 原文
    • 04
    • 10
    • 17
    • 31
    • 36
    • 49
    • 52-54
    • 81
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スウェーデン沿岸艦隊 1934年の三季編成

  • 夏季戦隊
  • 秋季戦隊
  • 冬季戦隊

35年編成との比較のため、34年訓令集から沿岸艦隊編成を抜粋した。
www.koms.se

なお、この年の冬季戦隊編成に明記されていないが、この年はオスカーⅡが越年の大航海を行っている

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スウェーデン沿岸艦隊 1935年の三季編成

  • 夏季戦隊
  • 秋季戦隊
  • 冬季戦隊

スウェーデン海軍の35年訓令集から沿岸艦隊編成に関する部分(P65-74)から抜粋した。
www.koms.se
これによると夏季戦隊は4月から8月後半まで、秋季戦隊は10月まで、その後は冬季戦隊に編成を変更する(部隊や艦により多少の前後がある)。

なお、訓令集は翌36年が公開されている最終年で、この年には列記された編成表はない。

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スウェーデン沿岸艦隊 戦時中編成(一部)

アーカイブ文書に見るスウェーデン沿岸艦隊の編成。
sok.riksarkivet.se

ただし非常に短い期間しか発見できず、書式も一様ではない。
定訳がないので、組織関連はdicisionenを戦隊と、avdelningenを部と仮訳している
同国の特殊な艦種としてヴェデットボーツがあるが、一律に哨戒艇(戦隊)と訳した。
潜水艦など一部は艦名を略した。
手書きでの挿入は下線を付した。

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海軍奉職五十年 解題

ivecha-t.hatenadiary.jp

戦中戦後にスウェーデン海軍トップを務めたHelge Strömbäckの講演を没後に原稿化した「Några mInnen från 50 år i flottans tjänst」(https://sjohistoriskasamfundet.files.wordpress.com/2017/08/fn18-lag.pdf 収録)にグーグル翻訳をかけたものである。掲載誌の「Forum navale」はスウェーデン海事歴史協会の機関誌。

講演者のHelge Strömbäckは1889年生まれ。

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Helge Strömbäck 写真はWikipediaから。ただし原文中にも同じポートレートが使用されている

記事内にあるように1909年に兵学校卒(入学03年)。第一次大戦中は9号魚雷艇艇長。その後、防衛委員会書記など陸上勤務を挟みつつ、魚雷艇アルゴ、駆逐艦ノルデンスコルド艦長を経て1936-37年にゴトランド艦長として初の南米への大航海を指揮した。ただし、このくだりはほぼ回顧されない。39-41年には沿岸艦隊参謀長。45年4月から53年に海軍司令長官を務め中将で退役した。なお、この後任がStig H:son Ericsonである。60年没。

WW1中は若き小艦艇指揮官としての青春記、その後政軍の間での予算獲得へと軸足が移っていく様子が伺える。元となる講演は57年で没後の出版であるとはいえ、記憶が生々しかったせいか講演という形式のためか、WW2以後の出来事については非常に淡白な述懐となっている。

記事にはいくつかの写真があしらわれていたが割愛し、スウェーデン海軍博物館を中心にデジタルミュージアムから数点の写真を引用した。

中見出しは原文にも同位置に存在しているため機械翻訳されている。タイトルのみ改訳を施した。

海軍奉職五十年 雑訳

海軍に勤務していた50年の男性
Helge Strämbäck副提督


1957年3月6日、ヘルゲ・ストレンベック副提督が海事歴史協会で「海軍に奉仕した50年の散在する記憶」と題した講演を行いました。講演後、Strömbäckは協会の会長から、ForumNavaleで同じものを印刷するかどうか尋ねられました。 Strömbäckはこれに興味があると宣言しましたが、彼の原稿の作り直しをしたいと思いました。議長から、1930年代から1950年代にかけての防衛装備品をめぐる戦いで、自分の役割にかかわる部分を拡大するつもりかと聞かれたところ、これらの確執はまだ時間に近すぎて対処できないと答えた。詳細。そして彼は、彼自身の観点から、これらの文脈で多くの質問をすることができたとしても、現在これらの戦争のトピックの周りに宿営している「城の平和」を破ることに貢献したくなかった。 。

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